2010年01月27日

ボーナスをたくさんもらった理由

エクセルとワードの操作を収得した私は、徐々に本領を発揮しました。小さい工場で生産した商品のシールを作ったり、生産管理表をパソコンで作ったりして、この頃には、工場長や社長に、あれはできないか、これはできないか?と結構リクエストされたものです。多分、魔法の箱?だと思っていたのでしょう。そのうち、アナログだった人たちも、パソコンをはじめました。またまた、社長が買ってくれて、今度は新品です。ただの事務員が、器用になんでも作るものだから、きっと、自分でもやりたくなったのだろうと思いました。

その頃、私はインターネットで色々閲覧できる世界を楽しみ、自分でも作ってみたくなりました。ソフトを使えばすぐにできるだろう?と思っていましたが、甘かった。HTMLってやつは、自分の思ったところに、レイアウトするのが難しい。それでも、当時ではめずらしく、会社のホームページを作りました。内容は、会社の紹介で、工場での生産風景も写真に撮って入れた。当時のデジカメは今の3倍ぐらい、大きかったし、値段も高かった。その頃、ちょうど、会社で生産した新商品が世の中で認められ、大ヒット!とまではいかないものの、ポテンヒットぐらいで、受注がたくさん入り、売上も伸びている頃でした。商いというのは、売上が伸びると仕入も増える。ということは、お金を調達してこないと、継続できないのですよね。ここからは、後で聞いた話です。その年の年末に、たくさんボーナスをもらった。と、ともに、基本給も一気に上がった。それは、私がエクセルやワードであくせくと、上司達の希望をきいていたからではなく、私が作ったホームページがもとで、銀行融資がおりたというのと、もう一つの出来事のきっかけをつくったからだという事が、後でわかった。もう一つの出来事は、また後日ということで。

当時、どんどんと売上があがる反面、資金調達に困った社長は、どこの会社の傘下に入ろうか、考えた事があると後で聞きました。そんな矢先、他県の支店がある地方銀行の銀行員さんが、飛び込みでやってきました。それは私も知っていました。若い行員さんでした。資金の融資に、営業に来られていたのですが、社長は今までお付き合いのある銀行にも、お願いしても、今ひとつ良い返事をいただけなかったので、あまり期待はしていなかったそうです。しかし、後日融資の決済がおりたと、報告に来ました。社長はなんでおりたのかを、その行員さんにうかがったそうです。そしたら、インターネットで会社のホームページを見て、どのような会社なのかが、即解ったからと、今は、あたりまえとなっていますが、当時はホームページがある事がめずらしく、会社にホームページがあるので、将来性を見込んでという事が決め手となって、決済が降りたと聞かされたというのです。

私の仕事が評価されたようで、とてもうれしく思いました。



posted by menmi at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

何かに挑戦すると、身につくことがある

パソコンで、ソフトを使って給与計算ができるようになった私は、ちょうしにのりました。まだまだ、暇をもてあましていて、ある日、新聞広告に目がとまりました。「パソコンのインストラクター募集」と書いてありました。そして、備考欄にインスト経験者歓迎!と書いてありました。インストラクター業は、スキーでもやっていたし、パソコンも、入力操作も収得したし、できるのではないか?そして、インスト経験者歓迎って書いてあるけど、インストールもアンストールも、ばっちりできるし、多分会場のセッティングなんかもするのだろうと勝手に勘違いをし、応募しました。後でわかったことなのですが、インスト経験者とは、インストラクター経験者のことでした。まぁ、スキーのインストラクターは経験していましたので、経験者といえば経験者ではありますが、まったく畑違いなのに挑戦してみました。

とりあえずは、採用の方向で進みました、研修とテストがあり、研修で初めて、エクセルとワードを教わりました。そのスクールは、直営店制度でしたので、本社の東京から、月に二度ぐらいのペースで、試験に来てくれて、なかなか思うように結果がでかなったせいか、大阪からインストラクターが2名スパルタ特訓に来てくれました。数名でスパルタ特訓を受けました。その時、私にとって衝撃的だったのが、一人のインストラクターの方が、B5のノートブックを持っていらっしゃって、ビトンのショルダーバッグから出してきた事と、それを、プロジェクターに、いとも簡単に接続して、レッスンがスタートした事でした。

研修試験には合格したものの、東京から来てくれていた方が、違う部署への配属になるとの事で、新しい担当の人が引継ぎでいらっしゃっていました。その人が、なんだか、頼りなさそうだったので、結局は一度もインストラクター業をすることなく、辞退してしまいました。当時教えていただいた方々には、本当感謝しています。パソコンの基礎部分をみっちりと教えていただきました。

仕事をしながら何かにチャレンジするって、難しいなぁ・・と思いつつ、チャレンジさせていただいた事に、感謝しています。

そして、そんなこんなで、エクセルとワードの基礎部分をちゃっかりと収得したのでした。

posted by menmi at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

市場からの警告

フォーサイトは、新潮社さまよりご献本いただきました。ありがとうございました。

cover_1002.jpg

Foresight 2月号 表紙の写真は、モロッコ生まれのフランス人 85年にフランス政府より国家功労賞が送られたマグナムフォト会員の方の一枚 08年、ブラジル サン・ルイスにて、この町はブラジルで唯一フランス人によって建設された州都で色彩豊な事でも知られている。

今月号のテーマは
・デフレは市場からの警告だ
・軛から放たれたブラジル経済

「デフレは市場からの警告だ」
 経済の事を、書くのは苦手なのですが、今の日本の状況から目をそらさないようにするためにもチャレンジしようと思います。
しかし、いつもとんでもない方向に行っているのではないかと、思いつつ、これでいいのだと、バカボンのパパのように言いきかせています。

 本誌の「デフレは市場からの警告だ」を読んで、パリにユニクロの新店舗「オペラ店」がオープンしファッションの都パリにユニクロが、出店された事により国債市場で新たな「日本代表」として名乗りをあげたと語っている。その反面、日本ではまったく別のユニクロ評価が、話題となり、「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を著名なエコノミストにより掲載されていたことを、前置きに、政治がなし得なかった構造改革を市場が実現しているかのようだと語っている。

 ユニクロの業績が良いので、両極面な部分が浮き彫りになっているだけで、私も本誌に賛同できる要因としては、・働き方・心の豊かさ・企業の体制 主にこの3つにあるのではないかと思う。
 働き方は、日本人は男女とも勤勉で、昔からの役割分担は今も変わっていないと感じます。男性が外に出て働き、女性は、家事育児を家庭でという分担だ。戦後60年以上経過した今でも、年金受給のモデルは、このケースを主流に計算されたモデルである。
 心の豊かさは、核家族が多くなり、子供と老人のつながりが薄くなりつつある。私は、社会的弱者の子供と老人がつながることによって、自分に思いやりや、相手を優先する気持ちが生まれた経験をしたのでそう思う。今の日本に不足している心の豊かさを、もう一度、取り戻す必要があると思う。
 企業の体制は、労働者は勤勉にもかかわらず、その対価や休暇の体制が、今ひとつ明確ではないし、収益の再分配が、労働者にオープンでないと感じる。まるで鵜飼の鵜のような思いをしたことがある。

 それに加えて、政治の不透明さだ。世間を騒がせている、政治とお金の問題もその一つですが、インターネットが出現して15年が経過しようとしているのに、今だ選挙期間などには規制がかかっているし、規制をしているのは、その速効性を防ぐためとしか思えない。

 資本主義社会は、お金をたくさん稼げる人が、税金をたくさん払い、それを再分配するのだが、お金をたくさんもっている人ほど、「自分さえ良ければ病」にかかっているように感じる。まるで、水戸黄門に出てくる、悪徳商人と悪代官を思わされる。「おぬしも悪じゃのう」という声が今にも聞こえてきそうな、日本。しかし、そんな流れを、御上、いわゆる政治家のとても権力を持った人の水戸黄門がテレビの世界では、トップダウンで変えてくれるのだが、現実の世界では誰もいない。今の日本はだれも刀をぬかず、皆がそろって、鵜飼の鵜のまま、だまって飼い殺しを受け入れていた結果、一生懸命働いていた、川の水がよどんでしまい、市場が乱れるはめになったのではないかと思います。

 一度汚れてしまった、川を綺麗にするのには、大変時間がかかり、以前の形には戻れず、戻らず、新しい流れを創っていくしか方法がありません。「古い日本」と決別するために新しい政権を発足させた日本人の皆様、文句や不満を言うだけではなく、新しい知恵を出し合って、古い日本人とも決別しましょう。
posted by menmi at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Foresight | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

時代の流れにのってみる?

約二週間ぶりの、物語の更新となってしまいました・・・。
皆様、覚えてくれているのでしょうか?実は私も、忘れ気味、ちゃんとお話がつながっているかも、不安ではありますが、もう少し、お付き合い下さいませ♪そして、エンジンがかかるまで、ちょっとまって下さいまし。。。


通信ばかりしていても、仕事に使った事にはならないし、仕事に使わなければ!と思い、当時従姉妹も起業したばかりでお暇だったので、よく一緒にランチに行き、パソコンを使って仕事がしたいけど、使い方がわからないと相談しました。すると従姉妹が「じゃあ詳しい人を知っているので一度、会社に行かせるね。」と言ってくれて、ソフトに強い人が来てくれた。具体的に何がしたいか聞かれたので、集計に使いたい事を言うと、今の主流は、エクセルですが、私のパソコン、いえ正確には、弟のパソコンに入っていたのは、ロータス1.2.3というソフトでして、表計算を立ち上げて、基本的な操作を教わりました。教わったというより、簡単な数式の計算を見ていた?の方が正しいかな?その後、ソフトについていた説明書を見たりしましたが、課題を与えられて何かを作成するというわけでもなく、ただ、単に操作方法だけ習得しても当時は応用がききませんでした。それより、私がパソコンを使おうとしているのを見て、社長がパソコンを買ってくれました。買ってくれたと言っても、お付き合いのあった銀行さんがとある会社が倒産してパソコンのリース物件が残っているので、引き継いでもらえないか?とお話があって、引き継ぐ事になったのです。それに、給与計算ソフトも、もともと入っていました。そのソフトが、今では有名になっています。コマーシャルなんかもしています。給与に関してあまり詳しく知らなくても、税率計算や年末調整まで、してくれて、とても重宝しています。昔は専門職の人が、担当していた業務も、法律などが変わるたびに、ソフトの内容がアップデートされて、遠方にいても、最新のソフトを自分のパソコンに、インストールする。

なんという時代がきたものだ。


posted by menmi at 12:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月17日

久しぶりに怒られた!

2010-01-16 18.45.27.jpg
昨日パパさんのお誕生日でして、息子三歳と英会話の後にケーキを買って帰ろうと相談し、帰り道にあるケーキ屋さんによりました。

駐車場に着いて、車の通りが多い道路を渡ってほぼ同時位に一緒にお店に入った、小学校低学年位の女の子と、そのおばあちゃん、キャラクターケーキを注文しに来たようでしたが、あいにく希望した日は、作れる職人さんがいないらしく、他のケーキを予約するわけでもなく、お店を出ました。おせっかいな私は、後を追いかけ、他のケーキ屋さんの事を、店先で教えてあげました。

店先で場所や道を伝えている間に、息子三歳はチョロチョロしていて危なかったのでしっかりと、手をつなぎましたが、女の子が飛び出してしまい、車が急ブレーキを踏んだのです。

運転手は、怒って窓を開けて、怒鳴りはじめ、おばあさんと私は、平謝り、、。運転手は私の子供だと思っていたようすで、何度も私に向かって怒鳴りました。途中でおばあさんが、うちの孫です。と言ってくれましたが、なんとも後味が悪い親切となってしまいました。

事故にならなくて、済んでよかったのですが、声をかける場所や、他の子供にも今後は注意しなければ、と思いました。

パパさんのケーキは、小さいのを、無事にそのお店で買って帰りました。朝には全部食べてしまいました。

皆さんも、事故には気をつけて下さい。
posted by menmi at 15:29| Comment(3) | TrackBack(0) | 携帯で投稿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

校長先生のお話

今日は、ちょっと横道にそれます。
冬本番になって、ちょっと思い出したこと。

何年か前に、関西系の番組「探偵ナイトスクープ」に取材されたりしていましたが、私がお世話になっていた、スキースクールの校長先生のお話。
私がスクールに行き始めた、次の年に初めてニュージーランドからスタッフが来た。その時は、2名だったのですが、だんだんと増えてゆき、今は何人になっているのでしょうかね。私が滞在していたころで多くて20人弱はいたかな?もちろん彼らの英語、ほうげんが入っていますが、私たちと接するときは、わりときちんとした英語を使ってくれたりします。短い間の滞在期間ですが生活を共にすると、文化の違いや問題が山積みでした。

校長先生は、田舎のおじさんで、年齢は何歳だろう?当時45歳ぐらいだったかな?英語はまるでしゃべれませんでした。その校長先生の英語習得の道に、私はのちに感心させられてしまうのです。本当にまったくしゃべれなかった校長先生は、分厚い辞書を持っていましたが、忙しさのあまりに辞書をひいているところを見たことがありませんでした。わざとお茶につけて、しなしなにしたりしてみたり、はたまた、「流暢」という電子辞書を買ったりしていましたが、結局は使わずじまい。しかし、毎年冬に校長先生に会うたびに、英会話力はUPしています。不思議に思って、聞いてみましたら、今はもう放送されていませんが、毎日、毎朝、早見優の英会話のTVを見ているんだ!と言っていました。私が聞いた時は、3年目になるって言っていたと思います。

そんな校長先生、今はどうかわかりませんが、ニュージーのスタッフを、空港までお迎えにいきます。一度8人ぐらいを一人で迎えに行った事があったかな?しかも、スキーウエアで、空港内を一人でウロウロ。私は無事に連れて帰ってこられるのか、少し心配していましたが、さすが校長先生、全員無事に連れて帰ってくるのです。しかも、荷物がすごい荷物なのに車のバンにしっかりとくくりつけて、自分より体の大きい人たちを連れて帰ってきちゃうのです。言葉が通じないのに!会った事もない人たちを連れて帰ってきちゃうのですよ!どうやったのですか?と聞くと、「向こうもさがしているだで、紙に学校名を書いて、ウロウロしたら、向こうから声かけてきたで!すごい荷物で車に乗せるのが大変だったし、高速で荷物が飛ばないか心配だったから、そろそろ帰って来たで!」って

今は携帯電話が普及しているので、きっともっと連絡手段があると思いますが、当時は本当に来るかどうか、ファックスでやりとりして、この便にのります。的な情報しかなかったような、一度は一日間違えていて、スタッフ達は大阪で野宿した年がありました。

そんな、校長先生の口癖は、「何事も経験が大事だ」でした。
長い間、お会いしていないので、そろそろ会いに行きたいな!


posted by menmi at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出した事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

仕事に使わず、まずは通信の世界にはまる。

この頃になると、パソコンを触るのが楽しくて、この小さい箱でいったい何ができるのか、ワクワクしながら、会社に行ったものです。時間に余裕があったので、朝から晩までパソコンを触っていました。
基本ソフトが使えるようになったのは、実はもっと後からで、通信の方が先だったと記憶しております。

MSNで会員登録して、どんどん進んで行くと、色々な情報が閲覧できたりして、ほほー、これが、最近流行のインターネットというものなのか?と、色々と見られる情報にうっとりしていましたが、やがて、「チャット」というものに出会います。MSNのチャットに初めてログインしたときに、「こんにちは>menmiさん」という文字が上に上にと、流れていき、最初はなんの事かわからず、なんで私の名前知っているのだろう?と、ながめているだけでしたが、そのうち、なにやら、文字で会話している事がわかり、なかには、私に話しかけてくれる人もいたりして、すぐに、返事を書きました。しかし、ここで問題が、文字入力が極端に遅かったため、自分が発言しようと、一生懸命入力している間に、別の話題に突入・・なんて事がしょっちゅうあり、発言がなかなかできず、ヤキモキしました。そして私はある、ソフトと出会い、文字入力の練習をはじめたのでした。

練習をはじめると、左手の小指が思うように動かない事に気がつきました。バスケで痛めていたせいもありましたが、母音の「あ」を左の小指でたたくため、結構使うのですよね。

そんなこんなで、練習したソフトと、チャットのおかげで、ブラインドタッチはなんなくこなせるようになったのでした。きっと、あの頃、チャットに出会わなければ、パソコン使うのをやめていたかも?そして、その頃思ったのは、インターネットの世界にいる人々は色々と質問したら、教えてくれて、やさしいなぁ、と思っていました。

もちろん、仕事中にこっそりと、チャットもしていたのでした。ところが、ところが、調子にのって、チャットをしていたのですが、その頃のMSNのプロバイダー料金は、使い放題ではなく、従量制だったため、翌月のクレジットカードの請求を見てびっくり!!!9万ぐらいきていた覚えがあります。とても高い授業料となったのでした。幸いにも電話代の通信費は、会社の回線でしたので、大阪までの電話料金は会社が負担、もちろん内緒にしていました。社長ごめんなさい。

・・と、とんだ従業員だったのでした。
posted by menmi at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

コメントは承認してからの表示にしました。

時々コメントをいただいている皆様へ、最近変なコメントの記入が多くなって、削除するのがおっくうなので、コメントに承認機能を付けました。

承認機能つけたくなかったのですが、気にせず、コメントをいただけますと、ありがたいです。

コメントをいただけますと、大変はげみになりまする。






posted by menmi at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 私事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パソコンからファックスが送れる?

前回のお話は、パソコンをフォーマットするところまででしたよね?

その後、何時間もかかって、フォーマットしました。当時のパソコンは、今のようにCD-ROMを入れたら、かってにインストールして、放置しておいたら、初期状態に戻るものではなく、まずは、OSから入れて、その後プログラムを入れてという風に手順がありました。しかし、根気よくお付き合い下さったサポートの方々は、すごいなぁ・・と思っていました。そして、今では当たり前ですが、私の症状をすべて記録してあり、後日に別の担当者が、電話口に出ても、わかる仕組みになっていて、なおさら感心もしました。安心して何度もサポートに電話させていただきました。一体型のパソコン君は、全部で3回ぐらいフォーマットさせてもらったかな、一度は、HDDいっぱいにソフトを入れてしまい、動かなくなってしまって、問い合わせたら、入れすぎですって言われました。そして、メモリの増設も提案され、自分では増設ができないので、一体型君をお店に持ち込み、開けてメモリを差す所を見たりして、とても興味深かった。

そんな風に、一体型君とお友達になり、操作にも徐々に慣れてきた頃に、気がついたのが電話線のジャックの差込口でした。なにげに、電話の横に置いてあったので、差しこんでみると、合うし、これで何ができるのだろうと、思っていました。当時MSNとニフティーのアイコンがデスクトップにありましたが、クリックしても思うように進まなくて、どうしてだろう?とも思っていました。電話線をジャックに差込み、なにげにMSNをクリックすると、アクセスポイントを選べと言われ、一番近い、それでも当時は主要都市しかなかったので、大阪を選択し、次へ、次へと誘導され、とうとうモデムが動き出した。え?電話が中に入っているのか?わかった、パソコンで作った書類なんかをファックスのように、紙が不要で送れるんだ!とか色々と想像して、ワクワクしながら、何ができるのか、どうなるのかを妄想しながら進んでいきました。途中で止めたり、選択場所を変えたりしながら、とうとう、クレジットカードの番号請求の要望がきて、えい!いれてしまえ!という感じで、誘導されて、MSNの会員になったのでした。

富士通は知っているけど、MSNってなんだろう?と、また謎なのでした。


posted by menmi at 12:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

20年ぶりの同窓会!

今日は高校を卒業して20年ぶりの同窓会でした。
280人卒業生がいるなか、約160名の出席で、57%位の出席率!
委員会の皆さま、クラス幹事の皆さま、このような機会をつくっていただき、誠にありがとうございました。お疲れさまでした。とても楽しく参加させていただきました。また、こちらの高校を卒業させていただいた事を、誇りに思っています。お忙しいなか、いらっしゃって下さった先生方にも感謝申し上げます。

私が卒業させていただいた、高校は県内でも有名な進学校で、私みたいな、頭が筋肉でできた生徒が卒業できたのは、奇跡に近いのです。ちなみに、甲子園にも何度か出場している高校なのです。私立ではなく公立高校ですから、それはそれは皆なみなみなる努力の末の出場です。余談ですが、甲子園に応援にいくと、同級生だけでなく、先輩や後輩にも会えてとても、楽しい時間を過ごせます。そんな、高校に行けたのは、もちろんバスケの恩恵であり、私が卒業できたのは、とある先生のおかげだと私は思っています。

入学して1年生の時、担任をしてくれた、美術のM先生。2年のクラス替えで、違う先生の担任となりましたが、落ちこぼれの私を、3年の時に拾ってくれて、卒業まで面倒を見てくれました。それがわかったのは、卒業してずーっと後の事でした。なぜわかったかって?体育の専門学校の入試の前の日に、その先生から電話がかかってきました。当時、遅刻や欠席をしても、バスケの練習にだけは、行っていた私の内申を、よく書いておいたから、聞かれてもそう答えろという電話でした。

へんな事をいう先生だなぁ、と当時は思っていた。でも卒業しても私の事を心配してくれていると風の噂にきいた。本当に、お世話になった先生の一人です。引退をされてから、個展を開くのが夢だっておっしゃっていましたが、絶対に見に行かせていただきますので、連絡を待っています!!

そして、いつも私のつたないブログを購読してくれている、Kさん。誤字脱字多く、ご指摘をいただきました、もっと早く教えて下さいまし(笑)ととても、よくばりな私です。感謝していますよー!

ツイッターユーザーいないなぁ、、と思いつつ、最後の最後で、出会ってしまいました。実は彼女は、とある団体が主催するホームスティ者を募集していて、応募者として、数少ない枠を一緒に勝ちとった人でした。声をかけてくれてありがとう!!!メリーさん。すごいガジェットを、手にしていたので、もしや?と思って聞いてみたら、やっぱり!!!ビンゴーでした。ツイッターユーザーの皆さま、よろしければフォローしてください。merryさんです。

学年で、1クラスづつ選抜クラスと、理数科クラスがあり、ホテルの半分から向こう側は、かしこーい人達の集まりで、あちら側にはあまりお知り合いがいないわ〜って、思っていたら、いたじゃありませんかmerryさん。

確か彼女は、イギリスにホームスティに行ったはず。また、その頃の話を是非ききたいです。私のアメリカステイのお話は、このつたない、ブログにも、ちろっと書いてありますので、また、今の物語が書き終わったら、第二段として、そのころのお話も書きたいなぁ、なんて思ったりしています。

では、とても楽しい時間を胸に、また明日から、平凡な日々に戻る私なのでした。

また、10年後に開催していただけるとの事なので、その時まで、皆さまどうぞ、お元気で!!





posted by menmi at 22:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 私事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

家族と一緒にお正月を迎えられて、とても幸せです。
今年一年の目標などを、考えなければ・・・。紙に書き出そう!
欲張りなので、あれも、これも、それもと考えてしまいます。

しかし、一年は365日しかありません。何かの成果をあげるには、コツコツと積み上げていくしかありません。あたりまえの生活の中で、少しずつ、少しずつUPできるようがんばりましょう。

近藤真彦さんは、デビュー30周年で、今TVで歌っていらっしゃいます。デビューした頃を知っているのですが、あまり変わっていないですね。変わらないイメージも大切で、Keepしていくことも大変な努力が必要ですね。

何をKeepしてどこをUPするのかを考えたいと思います。

今年も、どうぞよろしくお願いします。


posted by menmi at 11:52| Comment(3) | TrackBack(0) | 思っている事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。