2010年02月02日

ホームページの可能性

前回、ホームページを見て、銀行融資の決済がおりるきっかけになったところまでお話をさせていただきました。今日は、もう一つのきっかけをつくった出来事について、お話しをさせていただきます。

私が、ホームページを作ろうと思ったのは、パソコンを触るきっかけを作ってくれたスキー学校でお知り合いになった、友人が言っていた事も気になっていたからです。「なんかね、パソコンが便利らしいよ」の後に、「ホームページを作ってインターネットにアップすると、そのホームページはどこで、誰が見ているか、わからないのだって。聞いた話によると、インドから問い合わせが来た会社があるって言っていたよ、そして、ビジネスとして、つながったらしいよ」と聞かされた。そのときは、へぇと感心するばかりで、そんな話は、特定の人のラッキーなお話だろうと思っていました。そして、ある日、赤字続きの会社で、暇をもてあましていた時期に、社長がなにげに、話していたことを、耳にしました。「将来は、貿易会社を作りたい。」私は、なんともまぁ、夢みないな事を、言っているのでしょうか?と密かに思ったものです。ところが、ホームページをアップしてから、急に話が展開することになるのです。それは、中国から、一本の電話がかかってきたことからスタートしました。たどたどしい、日本語でしたが、何度が、かかってきていました。ポテンヒットで製造した商品と抱き合わせに、他の会社が輸入した商品を購入して販売もしていて、会社は大変めまぐるしい勢いでした。毎日の受注に追われて、私は暇な事務員から、忙しい事務員になり、あくせく働いていました。

そのうち、社長が、中国に行き、あれよあれよという間に、商品を輸入、このあたりのいきさつは、私は目の前の現実をしっかり見ていなく、違う焦点で会社をみていたので、あまり、はっきりとは覚えていないのですが、これも、後から聞いた話ですが、その中国の工場は、日本の有名な企業と提携する予定で進めてきたようですが、途中で話が進まなくなって、同じような工場で技術指導してもらえるところを、探していたらしく、そこへ加工場の写真を掲載していた、わが社のホームページを見て、何の工場かがわかりアプローチをしてきたというのです。電話をかけてきてくれた人は、日本のホテルで少しの期間働いていたことがある人でした。ホームページには、英語すら載せていませんでした。ただ、商品の製造工程を掲載していただけです。その後、現地で契約社員を採用し、その人がさらに、2工場の架け橋をつくってくれました。

このような流れで、今があるわけで、私が作ったホームページがきっかけとなった事が現実として展開したことが、後でうけとれた出来事でしたが、その頃は、毎日が忙しく、仕事ばかりしていてとても、つまらない日々を送っていて、一番仲が良かった友人が結婚してしまい、急にさみしくなってしまい、今でいう婚活へと勤しんでいた時期でもありました。


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2010年01月27日

ボーナスをたくさんもらった理由

エクセルとワードの操作を収得した私は、徐々に本領を発揮しました。小さい工場で生産した商品のシールを作ったり、生産管理表をパソコンで作ったりして、この頃には、工場長や社長に、あれはできないか、これはできないか?と結構リクエストされたものです。多分、魔法の箱?だと思っていたのでしょう。そのうち、アナログだった人たちも、パソコンをはじめました。またまた、社長が買ってくれて、今度は新品です。ただの事務員が、器用になんでも作るものだから、きっと、自分でもやりたくなったのだろうと思いました。

その頃、私はインターネットで色々閲覧できる世界を楽しみ、自分でも作ってみたくなりました。ソフトを使えばすぐにできるだろう?と思っていましたが、甘かった。HTMLってやつは、自分の思ったところに、レイアウトするのが難しい。それでも、当時ではめずらしく、会社のホームページを作りました。内容は、会社の紹介で、工場での生産風景も写真に撮って入れた。当時のデジカメは今の3倍ぐらい、大きかったし、値段も高かった。その頃、ちょうど、会社で生産した新商品が世の中で認められ、大ヒット!とまではいかないものの、ポテンヒットぐらいで、受注がたくさん入り、売上も伸びている頃でした。商いというのは、売上が伸びると仕入も増える。ということは、お金を調達してこないと、継続できないのですよね。ここからは、後で聞いた話です。その年の年末に、たくさんボーナスをもらった。と、ともに、基本給も一気に上がった。それは、私がエクセルやワードであくせくと、上司達の希望をきいていたからではなく、私が作ったホームページがもとで、銀行融資がおりたというのと、もう一つの出来事のきっかけをつくったからだという事が、後でわかった。もう一つの出来事は、また後日ということで。

当時、どんどんと売上があがる反面、資金調達に困った社長は、どこの会社の傘下に入ろうか、考えた事があると後で聞きました。そんな矢先、他県の支店がある地方銀行の銀行員さんが、飛び込みでやってきました。それは私も知っていました。若い行員さんでした。資金の融資に、営業に来られていたのですが、社長は今までお付き合いのある銀行にも、お願いしても、今ひとつ良い返事をいただけなかったので、あまり期待はしていなかったそうです。しかし、後日融資の決済がおりたと、報告に来ました。社長はなんでおりたのかを、その行員さんにうかがったそうです。そしたら、インターネットで会社のホームページを見て、どのような会社なのかが、即解ったからと、今は、あたりまえとなっていますが、当時はホームページがある事がめずらしく、会社にホームページがあるので、将来性を見込んでという事が決め手となって、決済が降りたと聞かされたというのです。

私の仕事が評価されたようで、とてもうれしく思いました。



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2010年01月25日

何かに挑戦すると、身につくことがある

パソコンで、ソフトを使って給与計算ができるようになった私は、ちょうしにのりました。まだまだ、暇をもてあましていて、ある日、新聞広告に目がとまりました。「パソコンのインストラクター募集」と書いてありました。そして、備考欄にインスト経験者歓迎!と書いてありました。インストラクター業は、スキーでもやっていたし、パソコンも、入力操作も収得したし、できるのではないか?そして、インスト経験者歓迎って書いてあるけど、インストールもアンストールも、ばっちりできるし、多分会場のセッティングなんかもするのだろうと勝手に勘違いをし、応募しました。後でわかったことなのですが、インスト経験者とは、インストラクター経験者のことでした。まぁ、スキーのインストラクターは経験していましたので、経験者といえば経験者ではありますが、まったく畑違いなのに挑戦してみました。

とりあえずは、採用の方向で進みました、研修とテストがあり、研修で初めて、エクセルとワードを教わりました。そのスクールは、直営店制度でしたので、本社の東京から、月に二度ぐらいのペースで、試験に来てくれて、なかなか思うように結果がでかなったせいか、大阪からインストラクターが2名スパルタ特訓に来てくれました。数名でスパルタ特訓を受けました。その時、私にとって衝撃的だったのが、一人のインストラクターの方が、B5のノートブックを持っていらっしゃって、ビトンのショルダーバッグから出してきた事と、それを、プロジェクターに、いとも簡単に接続して、レッスンがスタートした事でした。

研修試験には合格したものの、東京から来てくれていた方が、違う部署への配属になるとの事で、新しい担当の人が引継ぎでいらっしゃっていました。その人が、なんだか、頼りなさそうだったので、結局は一度もインストラクター業をすることなく、辞退してしまいました。当時教えていただいた方々には、本当感謝しています。パソコンの基礎部分をみっちりと教えていただきました。

仕事をしながら何かにチャレンジするって、難しいなぁ・・と思いつつ、チャレンジさせていただいた事に、感謝しています。

そして、そんなこんなで、エクセルとワードの基礎部分をちゃっかりと収得したのでした。

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2010年01月21日

時代の流れにのってみる?

約二週間ぶりの、物語の更新となってしまいました・・・。
皆様、覚えてくれているのでしょうか?実は私も、忘れ気味、ちゃんとお話がつながっているかも、不安ではありますが、もう少し、お付き合い下さいませ♪そして、エンジンがかかるまで、ちょっとまって下さいまし。。。


通信ばかりしていても、仕事に使った事にはならないし、仕事に使わなければ!と思い、当時従姉妹も起業したばかりでお暇だったので、よく一緒にランチに行き、パソコンを使って仕事がしたいけど、使い方がわからないと相談しました。すると従姉妹が「じゃあ詳しい人を知っているので一度、会社に行かせるね。」と言ってくれて、ソフトに強い人が来てくれた。具体的に何がしたいか聞かれたので、集計に使いたい事を言うと、今の主流は、エクセルですが、私のパソコン、いえ正確には、弟のパソコンに入っていたのは、ロータス1.2.3というソフトでして、表計算を立ち上げて、基本的な操作を教わりました。教わったというより、簡単な数式の計算を見ていた?の方が正しいかな?その後、ソフトについていた説明書を見たりしましたが、課題を与えられて何かを作成するというわけでもなく、ただ、単に操作方法だけ習得しても当時は応用がききませんでした。それより、私がパソコンを使おうとしているのを見て、社長がパソコンを買ってくれました。買ってくれたと言っても、お付き合いのあった銀行さんがとある会社が倒産してパソコンのリース物件が残っているので、引き継いでもらえないか?とお話があって、引き継ぐ事になったのです。それに、給与計算ソフトも、もともと入っていました。そのソフトが、今では有名になっています。コマーシャルなんかもしています。給与に関してあまり詳しく知らなくても、税率計算や年末調整まで、してくれて、とても重宝しています。昔は専門職の人が、担当していた業務も、法律などが変わるたびに、ソフトの内容がアップデートされて、遠方にいても、最新のソフトを自分のパソコンに、インストールする。

なんという時代がきたものだ。


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2010年01月08日

仕事に使わず、まずは通信の世界にはまる。

この頃になると、パソコンを触るのが楽しくて、この小さい箱でいったい何ができるのか、ワクワクしながら、会社に行ったものです。時間に余裕があったので、朝から晩までパソコンを触っていました。
基本ソフトが使えるようになったのは、実はもっと後からで、通信の方が先だったと記憶しております。

MSNで会員登録して、どんどん進んで行くと、色々な情報が閲覧できたりして、ほほー、これが、最近流行のインターネットというものなのか?と、色々と見られる情報にうっとりしていましたが、やがて、「チャット」というものに出会います。MSNのチャットに初めてログインしたときに、「こんにちは>menmiさん」という文字が上に上にと、流れていき、最初はなんの事かわからず、なんで私の名前知っているのだろう?と、ながめているだけでしたが、そのうち、なにやら、文字で会話している事がわかり、なかには、私に話しかけてくれる人もいたりして、すぐに、返事を書きました。しかし、ここで問題が、文字入力が極端に遅かったため、自分が発言しようと、一生懸命入力している間に、別の話題に突入・・なんて事がしょっちゅうあり、発言がなかなかできず、ヤキモキしました。そして私はある、ソフトと出会い、文字入力の練習をはじめたのでした。

練習をはじめると、左手の小指が思うように動かない事に気がつきました。バスケで痛めていたせいもありましたが、母音の「あ」を左の小指でたたくため、結構使うのですよね。

そんなこんなで、練習したソフトと、チャットのおかげで、ブラインドタッチはなんなくこなせるようになったのでした。きっと、あの頃、チャットに出会わなければ、パソコン使うのをやめていたかも?そして、その頃思ったのは、インターネットの世界にいる人々は色々と質問したら、教えてくれて、やさしいなぁ、と思っていました。

もちろん、仕事中にこっそりと、チャットもしていたのでした。ところが、ところが、調子にのって、チャットをしていたのですが、その頃のMSNのプロバイダー料金は、使い放題ではなく、従量制だったため、翌月のクレジットカードの請求を見てびっくり!!!9万ぐらいきていた覚えがあります。とても高い授業料となったのでした。幸いにも電話代の通信費は、会社の回線でしたので、大阪までの電話料金は会社が負担、もちろん内緒にしていました。社長ごめんなさい。

・・と、とんだ従業員だったのでした。
posted by menmi at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

パソコンからファックスが送れる?

前回のお話は、パソコンをフォーマットするところまででしたよね?

その後、何時間もかかって、フォーマットしました。当時のパソコンは、今のようにCD-ROMを入れたら、かってにインストールして、放置しておいたら、初期状態に戻るものではなく、まずは、OSから入れて、その後プログラムを入れてという風に手順がありました。しかし、根気よくお付き合い下さったサポートの方々は、すごいなぁ・・と思っていました。そして、今では当たり前ですが、私の症状をすべて記録してあり、後日に別の担当者が、電話口に出ても、わかる仕組みになっていて、なおさら感心もしました。安心して何度もサポートに電話させていただきました。一体型のパソコン君は、全部で3回ぐらいフォーマットさせてもらったかな、一度は、HDDいっぱいにソフトを入れてしまい、動かなくなってしまって、問い合わせたら、入れすぎですって言われました。そして、メモリの増設も提案され、自分では増設ができないので、一体型君をお店に持ち込み、開けてメモリを差す所を見たりして、とても興味深かった。

そんな風に、一体型君とお友達になり、操作にも徐々に慣れてきた頃に、気がついたのが電話線のジャックの差込口でした。なにげに、電話の横に置いてあったので、差しこんでみると、合うし、これで何ができるのだろうと、思っていました。当時MSNとニフティーのアイコンがデスクトップにありましたが、クリックしても思うように進まなくて、どうしてだろう?とも思っていました。電話線をジャックに差込み、なにげにMSNをクリックすると、アクセスポイントを選べと言われ、一番近い、それでも当時は主要都市しかなかったので、大阪を選択し、次へ、次へと誘導され、とうとうモデムが動き出した。え?電話が中に入っているのか?わかった、パソコンで作った書類なんかをファックスのように、紙が不要で送れるんだ!とか色々と想像して、ワクワクしながら、何ができるのか、どうなるのかを妄想しながら進んでいきました。途中で止めたり、選択場所を変えたりしながら、とうとう、クレジットカードの番号請求の要望がきて、えい!いれてしまえ!という感じで、誘導されて、MSNの会員になったのでした。

富士通は知っているけど、MSNってなんだろう?と、また謎なのでした。


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2009年12月29日

フォーマットって?どんなマット?

プログラムを消去してしまった事に気がついてはいませんでしたが、パソコンに変化がありました。起動はするものの、今まで開けていた、デスクトップにあったカワイイアイコンをWクリックしても、「ジャン」と音がして、画面にはエラーメッセージ、なにやらバッテンマークが表示され開けません。何度も何度も、挑戦してみたが、開けません。それが、ゴミ箱に捨ててしまったファイルのせいだとは、思ってもいませんでしたが、パソコンの変化におかしいとは思った。けど、直す方法もわからず、しばらく放置していました。当時工場長は、私のデスクにデンと置いてある、大きな箱は、いったいこれで、何ができるのか、検討がつかない様子でした。そらそうです、私だってそのときは、まだ何ができるのか解らなかったのですから、、、。

さすがに、工場長に何度も聞かれるものだから、このまま放置していたら、まずいと思い、やっと家にあった、マニュアルを持ってきました。当時の私は、いえ、今もですが、すべて感覚で動いている人なので、家電製品のマニュアルなんて読んだ事がありませんでした。開いて読んでみても、さっぱり訳が解らなかった。でも、パソコンは直さなきゃ、そう、無謀な私は自分で直そうと考えていました。ところが、見つけてしまったのです。パソコンサポートのフリーダイヤルの電話番号を!フリーダイヤルだから、会社からかけてもOKだよね、と遠慮しながら、かけました。皆が事務所にいない頃をみはからって、かけました。すると、パソコンサポートのやさしそうなお姉さんにつながり、症状を聞かれた。ファイルをゴミ箱に捨てたら、パソコンがおかしくなってしまった事を伝えると、お姉さんは、それは、一度フォーマットしないと元には戻らないから、CDロムを準備して下さい。と言った。フォーマットって何?CDロムって何?の質問に、お姉さんは、優しく説明してくれた。フォーマットとは、初期化することで、パソコンを出荷時の初期状況に戻す事ですよと、CDロムは、販売したときにパソコンと一緒についてあるものですよと。

あいにく、CDロムは持ってきていなかったので、そのことを伝えると、では準備ができたら、また後日お電話下さいと言われた。えー、何度も電話してよいの?なんとすばらしいサービスなのだろう。ととても感心しました。さっそく、家に帰ってから、弟からCDロムをまた、まきあげて、会社に持って行ったのでした。
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2009年12月28日

わからないから捨ててしまおう。

パソコンを持ってきたはよいが、平均年齢50歳の職場で使い方を教えてくれる人もいないし、どうやって使うのか、さっぱりわかりませんでした。けど、電源の入れ方は解った。幸いにも一体型だったので、配線は電源の一本のみだったし、マウスはさしぐちが、丸かったので、どこにさせばよいのか、検討がついた。キーボードもなんとなくわかった。起動はさしてみるものの、パソコン画面とにらめっこの日々、やがて、デスクトップにある、カワイイアイコン達が、何なのか、Wクリックとやらで、開いてはみるものの、どうやって、使ってよいのか解らず、、当時は富士通のパソコンの、標準装備が一太郎とロータス1.2.3.というモデルでした。

そのうち、マイコンピューターというフォルダーに気がつき、ローカルディスクのフォルダーの中にフォルダーが、たくさんあって、なんでフォルダーの中にフォルダーがあるのかさっぱりわからず、全部ゴミ箱に捨てました。なぜが、クリックやWクリック、ドラッグは知っていた。知っていたというより、弟が操作していたのを見た事があったかな?なんだかたくさんフォルダー開けるのがめんどくさいから、捨てよ!という勢いで、なんでもゴミ箱にポイポイっと。ゴミ箱に移動させる度に、エラーメッセジーが出ていたものもありましたが、気にせずポイポイと、あーすっきりした。ゴミ箱を空にするって、メッセージがあり、迷わず空っぽにしました。本当にいいですか?って聞かれたけど、なんでそんなに何度も聞くのだろう?もちろんOK! 

そして、プログラムと思われるデータも消去したのでした。


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2009年12月25日

どこから、調達?

スキー学校で一緒だった友人に、「パソコンが便利らしい」と教えてもらったものの、それまで、パソコンなんて触ったこともない体育会系の私でして、なにそれ?というレベルだったのです。

同時に、友人に「どう便利なの?」とも聞いてみました。「計算とかやってくれるらしいよ」という、言葉に、えっ!電卓たたかなくてもよいの?(毎月の集計表とバイバイできるのならそれに越した事はない)と思いました。しかし、当時の会社は赤字で設備投資なんて、できないし、パソコンがなにかを解っていない、当時工場のパートさん達を入れても平均年齢50歳ぐらいの中で、パソコンを買いたい。なんて言う勇気も無く、しばらく日々が過ぎて行ったのでした。

ウインドウズ95って言葉は知っていたけど、運動にしか興味の無かった私は、機械ものと言えば、弟が持っていたファミコンぐらいで、スーパーマリオやテトリスを楽しんでいた程度で、流行のロールプレイングもよく解らない。そうだ!そういえば弟が確かパソコンを持っていた!と思い出し、当時ハードとディスプレイが一体型になっていて、オブジェと化していた、弟の部屋にあったパソコンを、こっそりひっそり会社に持ち込んで、自分のデスクに、でん!と置いたのでした。





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2009年12月18日

私とパソコン

私は、小さな会社の立ち上げから、たずさわらせていただき、約14年、
間、働かせていただいています。

今でこそ、人数も増えて小さいながらも組織作りが始まり、毎日苦悩
しているわけですが、最初からすべてが順風満帆だった訳ではありま
せん。

最初の3年は、赤字が続き、いつ会社をたたむのだろう?と思っていた
次第です。そのような状況のなかですから、もちろん仕事はあまりなく
私自身は時間にもゆとりがあり、工場長といっしょに、駐車場の草抜き
なんかをしていたぐらいですから、会社に私の存在価値があるのか
どうかも、不明でした。週末になると、工場長に、「バスケの練習が
あるので、早退しても良いですか?」なんて言っている始末・・・。

体育会系の私が、計算が速いわけでもなく、当時はまだパソコンを使っ
ていなかったので、給与計算の一覧表で、5円合わずに、何時間も集計
表とにらめっこをしていました。

もちろん請求書も手書きでした。そんなある時、スキー学校で一緒だっ
た、友人に、電話で会社で性に合わない事をしていて、困っていると
話しました。そしたら、当時彼女は、電気店で販売員をしていたのです
が、「パソコンがたくさん売れているよ!なんだか便利らしいよ」と
教えてくれたのでした。

そこから、私とパソコンとのお付き合いがはじまった訳です。
続きは、また後日・・・。

posted by menmi at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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